なでしこと、地デジと、アナログ放送。

前回大会の決勝、あれは7月の明け方だった。

家の窓から見たら、隣の家とかあちこちの窓に電気がついてた。うちも同じ。夏とはいえ早朝だったので、窓を開けてテレビで観戦していた。

1−2で負けていた延長後半12分、コーナーキック。

宮間選手が蹴ろうとした、その瞬間、

「きゃー!」「ぅおっしゃぁぁぁ!!」

歓声が隣のアパートから、開けた窓越しに聞こえてきた。
うちのテレビは地デジ、アパートのテレビは当時まだやっていたアナログ放送だったんだと思う。

地デジはデジタルの電波を処理するためにほんのちょっと時間がかかるので、アナログよりわずかに遅れて映る。
なのでその分、ちょっとだけ早く、隣のアパートに歓喜が訪れた、というわけ。

その歓声を聞いた瞬間、僕は「入ったんだ」と思った。
あれほど冷静に見ることができた得点は、なかったんじゃないか。

そりゃ嬉しかったけど、でも、ネタバレ気分。
こっちは、お金払って地デジにしたのになんだよー、なんて八つ当たりしたりして。

あれから4年たって、いまは地デジだけになったので、喜ぶ瞬間はみんな一緒。
喜べるかな? 喜びたいね!

画像はhttp://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2011/08/04/t___split____18/index3.phpより

日本っぽいアプローチで、キャッシュレスが進んでいるな、と実感した大型連休。

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「けっこう使えるじゃん、au WALLET」
この連休の収穫といえば、これか、と。

実はこの連休、現金をあまり使わなかったのです。
かといって、ケチってどこにも出かけなかったわけではなく、何も買わなかったわけでもなく。
買ったり支払ったりする際キャッシュを使うことが少なかった。という言い方が正しいかな。

5月3日は友人とクルマで千葉の袖ケ浦へ。
4日、5日は、家族で二子多摩川に行ったり、普段行けない「旧古河庭園」などを見て回ったり。
その間、ランチしたり、買い物したり、クルマにガソリンを入れたり、いわゆる消費行動をいろいろやったわけだけど。

お店でのちょっとした買い物やコンビニの支払いにはプリペイドの「au WALLET」を、
電車の移動や自動販売機では「Suica」を、
ガソリンはシェルの決済サービス「Easy Pay」、
高速道路の料金支払いは「ETC」、
その他、服などちょっとした買い物はクレジットカードを、
それぞれを利用したわけ。

その結果、連休前に2万円、ATMから引き出して財布に入れておいた現金は、連休が明けた7日現在、まだ5千円とちょっと残っている。
子どもが友だちだけで遊びに出かけるので、3千円を手渡したりしたので、実質、キャッシュで使った額は1万2千円程度、ということに。

その現金は何に使ったかというと、
旧古河庭園の入場料(300円/2人)、建物見学料(1600円/2人)、Suicaの使えない郊外の自販機での飲料購入(120〜150円)、郊外ドライブインの飲食支払い(カード自体がまったく使えない)、といった感じ。

まだまだ現金が必要なシーンはあるけれど、約1週間続いた休暇中、外出先でもかなりカードが使える、つまりキャッシュレスで過ごせることが分かった。

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特に、au WALLETはかなり使えると思った。
このカードはポストペイ、つまり後払いではなくSuicaなどと同様の、カード内に登録された金額分を使用するプリペイドカードであること。
で、Suicaが非接触のRFID(FeliCa)でデータのやり取りをするのに対して、au WALLETは一般的な磁気読み込み式であること。
また、プリペイドの支払いはauの通信料と合わせて支払うことになっている。

au WALLET、もう一つの特徴はサインレスで使えることで、対応したコンビニなどではサクッと手軽に利用できる。
でも、サインレスで使えるのはごく限られた提携店舗のみ。その他の店舗では通常のクレジットカード同様にサインが必要となる。この“ひと手間”がイヤでなければ、使える店舗が格段に増える。

実際、この連休中、僕の行動エリアの中でサインレスで使えたのはセブンイレブンやファミリーマートなどのコンビニのみ。
その他の、ドンキホーテや二子多摩川のライズといったショッピングセンター、ランチで入ったお店などではサインが必要だった。
けれども、クレジットカードが使える店なら使えるし、どの店もイヤな顔をしないで普通に対応してくれた。

またau WALLETはプリペイドなので、最初にいくらかの金額をチャージしておく必要があるが、Suicaなどと同様になくなると自動的にチャージすることができる。

財布の中に、ある一定の金額を入れておくことができる、というイメージ。
チャージしたらその場でショートメールで通知が来るので、「お金を使っている」という実感もある。なので使いすぎにはちょっと気を使う。現金ほどではないけれど(笑)。

僕の場合、1回のチャージ金額を5千円に設定している。この連休中に2回お知らせが来て、都合1万円を引き出したことになってる。
で、au WALLETのカード内に現在、3,233円残っているので、7千円弱の支払いを、このカードですませたことになる。
こんな風に、支払い状況なども、auのスマホ(僕のはiPhone)と専用アプリを使えばすぐに確認できる。

SuicaだとRFID(FeliCa)を使ってるので使用状況の確認は専用のリーダーがないとできないのだけれど(Suicaのサイトでもできるかも知れない、要確認)、その点、au WALLETの方が気軽に使える感じ。
さらに店舗サイドでも、Suicaは専用の端末を導入しなければならないのに対して、au WALLETなら通常のクレジットカード端末があれば対応できる。
既存の店舗インフラが流用できるわけだ。個人商店などならともかく、チェーン店やフランチャイズだったら、この差は大きいと思う。

ケータイの電波と端末、そして既存のクレジットカードのインフラ、そしてプリペイドという新しいサービススタイル。
それらの新しい組み合わせで、キャッシュレスの新しい環境が整ってきた、ともいえそう。

キャッシュレスの暮らしって、日本はなかなか進んでいない、欧米は当たり前なのに。
なんてことがよくいわれていたけれど、日本は独自のやり方でキャッシュレスが進んでいるんだなぁ、といまさらながら実感した連休でした。

※画像はhttp://www.gizmodo.jp/2014/05/au_wallet_1.htmlより

アップルウォッチで、これからどんな戦略が始まるのか、始まらないのか。ちょっと楽しみ

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なんか、カッコいい音楽プレーヤーが出たな、と思ったのでした。iPodのことです。

アクリルとポリッシュ仕上げのステンレスで仕上げたデザインが未来的。ホイール状の操作系も斬新。
だけど、真四角で持ちにくそうだし、ポリッシュはキズが付きやすそうでちょっとなぁ、、、というのが最初の印象でした。

なんだか新しいガジェットが出てきたな、という感じ。
iTunesがリリースされてPCと連携して使う、というのは目新しかったけど。
基本的にはモノ単体でしか見てなかったんですね。

それがそれが!
その後、iTunes MusicStoreが出てきて、ダウンロードで買えるようになって、あれよあれよというまに音楽ソフトの流通システムをイノベーションしてしまった。

本丸は、実はそこ。
CDとかメディアでやり取りされていた流通を、ネット経由に変えてしまう。デジタルによる流通の大変革。その壮大なイノベーションが、ジョブズの本来の目的なんだ、とあとから気付かされるわけです。主役はこっち。
アクリルとステンポリッシュのiPodは、単に末端の道具でしかなかったわけ。

これが戦略っていうものだなぁ、と思ったのでした。

そこに気付かない評論家たちは、相変わらず「クリックホイールの操作性がー!」なんて重箱のスミをつついてたり。

またメーカー側も、CDから直接音楽プレーヤーにコピーできるミニコンポ、なんてピントのずれた商品を出していたり。

さすがに音楽制作の会社はピリピリしていて、MusicStoreを全拒否してたけど。

iPodで始まってiPhoneで定着したネット化、デジタル化は、音楽ソフトやアプリ、書籍や映像などエンターテインメント全般に広がったし、さらにSNSの隆盛などとも合わせて世の中をがらっと変えてしまった。

で、このあいだ発売されて、直後に完売して、話題になったAppleWatchなんですが。

例によって、あれをモノ単体でしか見てない人が多くて、あのデザインがー!バッテリの持ちがー!!とかいろいろ言われてますが。
iPodだって初代の頃はカンペキでなかったわけで、そんなちっちゃいことなんか、どうでもいいと思う。

先行して発売された、サムソンなどの商品は単なるネットウォッチでしかなかったわけで。あんなのが売れるわけはないと思ってました。

AppleWatchにはどんな戦略が隠されていないのか、あるいは先行商品と同じように単なるガジェットでしかないのか。

Webページにもあるように、「その時がやってくる」のか?
これからの展開に、ちょっとワクワク。

PCは、現代の「刀」ですよ。うまく使えば「下克上」できる。

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スマホばっかり使ってると、ビンボーにしかならないよ。

そうならないようにするには、きちんとPCを使えるようになること。
そして、自分の主張や発想をかたちにして、他人に伝えられるようスキルを身につけなさい。
と、子どもたちに言っています(なのでウチには家族全員、マイPCがあります)。

日本の13~15歳(≒中学生)では,7割がデスクトップもノートも持っていません。」と、教育学の舞田敏彦博士はブログで語っている。ホント?

それを受けて、こちらのブログではこんな意見も。
まあ、今日いいたいことはひとつ。子供の見識を深めて夢を持たせたり、将来なにをしたいか考えさせるためにも、中学生のうちから(またはもっと前から)自分用のパソコンを持たせるというのは親としてのひとつの手かもしれないって事だ。
そう、僕も同じ気持ち。だから子どもにPCを持たせている。

それに、

スマホしか使えなかったら、子どもは情報の「受け手」にしか育たないんですよ。

そんなふうに、最近、いろいろな企業と仕事している中で僕は感じていて。

そうなると、ソシャゲとかにハマってお金と時間を浪費する生活を送るしかなくなるわけ。

送り手=企業の“思うツボ”にどっぷり、搾取されるだけの人生。
現代的な経済生活の最下層ですよ。士農工商・・・スマホ。
そうじゃなく、「下克上」しようと思ったら、どうしたらいいか。

やっぱ、PCのスキルでしょ。
PCを使って自分から発信したり何か作ったりできるスキルでしょ。

ソシャゲとかSNSのシステムとか仕事とかでも、
そういうのを企画したり、運営したりする側に行かないと。
そんな「送り手」の方が楽しいし、やりがいがあるよ。絶対。

そうなるためにも、まずPCを使えるようにならないとね。
豊臣秀吉が刀を手にして百姓から武士になって、そして天下を取ったみたいに(ちょっと大げさかも)。
そう、PCはいまどきの「刀」かもしれない。

自分の夢や希望、そして将来を切り拓いていくための、刀。

※画像の著作者: GU / 古天熱、http://free-photos.gatag.net/2014/03/20/010000.htmlより

ルミネのポスター大好きだったのに、ネットCM炎上はとっても残念

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どうしちゃったの? ルミネ。

「働く女性たちを応援するスペシャルムービー」と題されたムービーが酷評されて炎上してしまった。

この人も言ってるけど、ルミネのポスターはとても良いんだ。
キラキラした蜷川実花さんの写真と、女性目線に徹した尾形真理子さんのコピーで、オジサンの僕でさえ「なるほど」「そうだよね」って思わせてくれるポスターが、何度でも言うけど、良いんだよ。

ちなみに、ポスターのシリーズは、これ

問題になったムービーはもはやYouTubeから消されて見られないけど、魚拓で残ってるのを見たら、明らかに尾形さんの仕事じゃないよね。

何しろ、タイトルとは裏腹に、まったく女子を応援してない。そこにあるのは、魚拓のムービーを見る限り「男ウケのするかわいい服をルミネで買って変わろう」という、商魂モロ見えのメッセージ。そこに、みんな吐き気を催したんだと思う。

ルミネは、一体何がしたかったんだろう?
ネット用のムービーとはいえ、これだけ役者を揃えてロケとかもやって、しかもシリーズで制作したら、すぐに1千万円くらいはかかっちゃうのに。

ここからは僕の勝手な想像だけど。

尾形さんの広告は確かに素敵。
だけど、共感という「空気」を作り出すタイプの広告なので、商品を買うというダイレクトな「アクション」にはどうしても結びつきにくい。

ファンは作るけど、売上げはちょっと、という広告(でも、そのファンがいつかは買ってくれるんだけどね)。
一方、いま世の中で主流なのは、売上げに直結するネット広告。

そこで、ルミネもムービーにあったように「変わらなきゃ」とばかりに、『セールスに貢献する広告』を目指してスタッフを変えて、従来路線とはちょっと違う広告作りにトライしたのかな、と。

相手にアクションを起こさせるには、相手の痛いトコロを突くのが常道。そう考えると同僚の男役の「需要が違う」というセリフもなんだか納得できたり。

とはいえ。
「だから服を買おう」なんて、このムービーを見て思えないわけで。オジサンの僕が思えないんだから、ターゲットの女子たちは、僕の何倍もそう思ったんじゃないか。
事実、炎上してしまったわけだし。

それに。
せっかく尾形さんのポスターで地道に積み上げてきたブランドイメージが、一瞬にして壊れちゃった。何せ、彼女のポスターとは真逆のスタンスの広告だから。今回のムービーは。

僕みたいに「どうしちゃったの?」ぐらいですめばいいけど、気持ち的に離れて行っちゃったり、アンチになってしまったり、そんな顧客を作ってしまったら最悪だよな、とも思ったり。

※画像はhttp://magazine.lumine.ne.jp/?p=39180より

近ごろの「未来」はちっともワクワクしない。進化って、なんだっけ?

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テクノロジーによるファッショだよ、「違法」だなんて。暴力ですらある。

「全自動運転カー以外の車両が違法になる未来が来る」とテスラのマスクCEOが語る』という記事を読んだのだけど、ちっともワクワクしない。共感すらしない。

テスラCEOは、まあ、技術者として当たり前のことを言ってる。テクノロジー最優先の人がいかにも考えそうな、理路整然として効率的な未来像。
しかし、そこに人間の感情とか、感性とか、感動とか、そういう「感」にまつわるようなことは一切考慮されてない。排除されてるといってもいい。

だって、さ。
自動車という乗り物はバイクと並んで、移動手段であると同時にエモーショナルな乗り物でもあるわけ。
加速感が気分いいとか、ハンドル握るのが気分転換になるとか、眠れない夜とかにぶらっとその辺を走ってくるとか、そんな付き合い方もあるわけじゃないですか。何も、A地点からB地点への移動だけに使うわけじゃない。

テスラCEOの考えでは、そういったエモーショナルな要素は一切排除。これからの「全自動運転カー」は他車と協調して、理路整然と移動する道具になる、と。その方が安全性もエネルギー効率も一段と高められる、そうだ。

確かに、ミスばっかりする人間よりも、機械の方がだんぜん正確。大勢の命を預かる旅客機などは、全自動操縦がメインの考え方だし。

そんな世界が、僕ら個人で利用するクルマにも広がろうとしているわけだ。ふらっとどこかに行きたいなと思っても、クルマに「ドコニイキマスカ」って聞かれちゃうんだよね。
で、あっちの道って走ったことないから行ってみようかと思っても「ソチラノミチハ・トオマワリニナリマス」とか、拒否られることもあるんだよねぇ。。。

それって僕から見れば、ファシズムでしかない。テクノロジー独裁主義。
それに路上を走るすべてのビークルが自動運転になったら、そうしたら、もはや個人で持つ必要はなくなるでしょ。
流しのタクシーを捕まえるみたいに、空いているビークルをスマホか何かで呼んで、目的の場所に行って、着いたらそこで乗り捨て。そうしたら次の人がまた乗ればいい。道路交通全体主義。
個人の所有から社会全体の共有へ。ほら、ファシズムだ(笑)。

そうなったら、「ふらっとどこかに」などと、自分のアタマで考えたりカラダで感じたりするままに動くような人には、つらい世界になるよね。

そうじゃなく、自分から考えたり動いたりもせず、社会の流れに身を任せる。そんな生き方の方がいい感じになってきそう。そうすると、いまの「草食系」と呼ばれる若い人なんか、超未来的な生き方なのかも知れないな、などとも思ったり。

その一方で、なにかと「ふらっと」しがちな人間の気分を満足させるために、プロジェクションマッピングがもっと進んだような高度な技術を使って、「気分転換バーチャルリアリティ」みたいのを考える人がきっと出てくるよ。笑いゴトだけど、笑いゴトじゃないよなぁ。

リンク先のページにはAI(人工知能)の話題とかも。
このあいだ読んだ別のニュースでは、AIは技術が進んできて高度な判断ができるようになったけど、その反面、悪用されると取り返しが付かないことになる、と。映画「ターミネーター」で未来の社会は人工知能に制圧されていたけど、最悪の場合、ああいう世界がやってくるかも、ということだよね。

最近ではアップルウォッチも発表になったけど、ときめかなかった。

ホント、最近の「未来」って、ワクワクしない。
子供のころ、学校の授業で絵を描いた「21世紀」はもっとピカピカしてたのに(笑)。
むしろ、ISILみたいな社会情勢もあわせて考えると、閉塞感さえある。

「進化」って、どういうことだったっけ?

※画像はリンク先より

新しいVAIOを見て、いまはなきKUROを思い出した

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ソニーに切り捨てられた『VAIO』の初PC“Z”、本当の評価

この記事を読んで、「KURO」を思い出した。2007年にパイオニアが売り出したプラズマハイビジョンテレビだ。

KUROは、Wikipediaのこのページにもあるように、パイオニアが社運をかけて開発・発売した当時としては画期的な高画質のプラズマテレビだった。実際、店頭でその画質を見て、あまりにもキレイで自然な感じだったので、つい買ってしまったほど!!

液晶にありがちなジラジラとした動画のいやな感じが全くなく(プラズマなので当たり前だけど)、動きの速いスポーツ番組などもくっきりと見られる。音響メーカーの製品らしく、実は音がとても聞きやすくて鮮明で、ホラー映画などは映像と音の相乗効果で、ビックリ・ビビりまくり!

各部の作りや全体的なデザインも、当時の他社よりかなり抜きん出た存在で、クオリティ高かったし。

当時最先端の技術やら素材やら魂やら情熱やらをか注ぎ込んで作られたおかげで、かなり高価(50インチで50万円!液晶だったらその半額でも買えた)だった。だけど、買ってから8年たったいまでもけっこう満足して楽しんでいる。買ってよかった、って今でも思ってる。

そんなKUROがあるせいか、VAIOがダブって見えるんだ。

日本の、こだわりのモノづくり、
最先端の技術や品質、
すみずみまで徹底した作り込み、
最先端、高級化、あこがれ、
ごく一握りの人のための「ホンモノ」、

キーワードを並べると、ざっとこんな感じだろうか。
KUROにも、VAIOにも共通していると思う。

ちなみにKUROは、上に並べたキーワードを包含するようなマーケットを作ろうとしたけど、結局できず。さらに2008年のリーマンショックでパイオニアはプラズマ事業から撤退。エンジニアたちはパナソニックに移って技術開発を続けたけれど、その後はみんなの知るとおり。

その理由を考えると、次のようなキーワードが並べられるんじゃないだろうか。

コモディティ化、
性能よりプライス、
ハッキリした数値でないとユーザーから歓迎されない商品特長、
感性評価は受け入れてくれない、
技術的な競争力より、価格競争力、
海外メーカーとのコスト戦争、
一貫生産より、アッセンブル生産、

 ・
 ・
 ・

要は、途上国のメーカーでもアッセンブルで
簡単に低コストに作れるようになったジャンルの製品に、
いくらメイドインジャパンの技術やらこだわりをつぎ込んでも、
もはやマーケットは価値を認めてくれないんじゃないか。
そういう時代になっちゃったんじゃないの? と思うんだけど。

数年前、パイオニアがKUROで経験した領域に、いまVAIOが踏み込んでいく。そんな、僕にはデジャブな光景に見えるんだ。

※画像はhttp://www.gizmodo.jp/2009/05/kuro7.htmlより

当選してバンザイする人は信用できないな、と思う理由。

バンザイするほど嬉しいって、何が?
っていつも思いながら見てるんだけど。

いや、選挙で当選発表の光景として。今日も、台東区長選のニュースで流れてた。

ちなみに、バンザイの意味を調べると、
(以下引用)
1 祝いや喜びの気持ちを込めてを唱えること。多く、威勢よく両手を上げる動作を伴う。また、その動作のこともいう。「―を三唱する」「―の姿勢」
2 めでたいこと。うれしいこと。「これが成功すれば―だ」
(引用以上)

選挙に立候補する、ということは世の中の役に立ちたい、とか、社会のココを何とかしたい、とか思ってのことじゃないのか。

で、当選したということは、そういった立候補の「思い」に対して、
有権者が「頼むぞ」という意思表示をしたということじゃないのか。

なので、僕だったらバンザイどころじゃない。
これからやること、やらなければいけないこと、有権者との約束を果たさなければいけない、とかとか、いろいろスタートするわけで、そういうことを考えると、
バンザイなんかしてる場合じゃない、と思うんだが。

バンザイしてる人たちを見てると、何か無邪気によろこんじゃって。
ダルマの、2つめの「目」を入れちゃったり。
それって、願いかがかなって、もう終了!の儀式じゃないの?
当選して終わり、なのか!?

なんだか、以前からの儀式を何の疑いもなく踏襲してる感じ。

そういえばウィキペディアにもこんなことが。
(以下引用)
慣例として、衆議院解散時に議長より詔書が読み上げられ、解散が宣言されたとき、その瞬間失職した衆議院議員たちが「万歳!」と三唱する。この慣例の経緯は明らかではないが、衆議院議員たちが選挙戦に「突撃」してゆく気概を表しているとも、国事行為として衆議院を解散する天皇に対しての敬意とも言われている。また、万歳三唱をすると次の選挙で落ちないというジンクスもあるといわれる。ただ「失職するのに何が万歳なんだ」といって万歳三唱をしない議員もいる。
(引用以上)

行政改革とか農政改革とか労働改革とか、とか、とかいろいろ言われているけど、何の考えなしに前例踏襲してる人たちに、改革、つまり
「現状の課題を抽出し」「適正化する」「変える」「新しいアイデアを出す」ということができるんだろうか。

まあ、人がどんな風に喜ぼうが、勝手だけど。でも、仮にも政治家、公人になったわけだからね。気になる。

当選して、「センセイ」って呼ばれるようになって、公費が使えたり、企業からの献金とか、まったくウハウハだぜ、バンザーイ!!なんて思ってないよね!?

※画像は「選挙 当選」でGoogle検索したときの画像の表示

ぶれてない企業が、今は良いのかな。

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ファミレスがロードサイドすべてにできちゃったら、次はどうなるの?

昔、ファミレスが急激に店舗拡大していた頃、マーケティング担当の人に質問したことがあります。
北は北海道から南は沖縄まで、ロードサイドにくまなくファミレスが建ち並びそうな勢いで、そうなったら次の成長の基盤をどこに見出すのか、という素朴な疑問が湧いたのです。

でも、そうなる前に中食化や低価格化などでファミレスという業態が地盤沈下していったわけですが。「フルロード・ファミレス」にならなくてよかった?

それはさておき、マクドナルドが迷走しています。こんな人も心配しています。
これまでは冒頭のファミレス業界同様、拡大一途を続けてきました。街を歩くと、いつでもどこでも、あの看板を目にしていたような気がします。「マックス・マック」のような状態でした。

でもどこかの時点でシュリンクが始まったようです。
このシュリンクには最近、いろんな既視感があって。

居酒屋のワタミとか、
すき家のゼンショーとか、
ケータイのドコモとか、
LCCのスカイマークとか、とか、とか・・・

一時期、新しいビジネスモデル、みたいにもてはやされるけど、
ある時点から、手のひらを返されるように、オワコン扱いされてしまう。

いままでも、そんな事例は色々あった気がするけど、10年、20年のスパンだったような。
それが、5年、3年くらい、どんどん短くなってきているような気がする。

多分、時代に吹く“風”が、ころころ変わっているせいだと思う。
その風向きに合わせてリアルタイムに変われる企業が、きっと「強い」。だけど、風向きが変わった瞬間にその強みが、弱味に瞬時に変わってしまう。
ころころ変わる風向きに翻弄されて、なかなか前に進めない帆船のような。

そんな風見鶏経営ではなく、いまは「本業」をしっかり構築して、それを軸にビジネスを展開している会社が強いと思う。芯がぶれてない企業、というか。

代表的なのは、やはりApple。
ズーム・ズームのマツダや、四輪駆動や安全技術のスバルなども同様じゃないかな。

そういえばこの3つの企業、一度どん底に落ち込んで、まさに地獄の底から這い上がってきたような会社ですね。

とはいえ、またヘンな風が吹いたらどうなるか分からないけど。

画像はhttp://jp.reuters.com/article/wtDomesticNews/idJPKBN0L90K720150205より

土曜の夜、久々にテレビが楽しかったので、エントリを書いた(笑)

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久々にテレビが楽しかった! 

2月14日放送のTBS「炎の体育会TV」。「サプライズ」のサブテーマの通り、スポーツ選手に嬉しいビックリ!をプレゼントする企画。

競技会で良い成績を収めている青山学院大学、女子陸上部に、憧れの小栗旬がサプライズ対面、

今年の箱根駅伝で優勝した同じく青学の選手には、ドラマでファンになった筧美和子がドッキリ、

高校生のフィンスイマーとして注目の藤巻紗月選手に、ファンキー加藤がライブで応援、

なでしこジャパンの新エース、川澄奈穂美選手には、大横綱白鵬がぶつかり稽古!?という4本立て。

これまでドッキリというと、寝起きやトラブルなどを仕込まれて、ハラハラ・ドキドキを楽しむような企画だった。でもそれが行きすぎて、ともすればイジメみたいな絵づくりになっていたので、ハッキリ言ってつまらなくなっていた。

それが今回は、ポジティブなドッキリ。スポーツ選手の憧れの人とか心の支えにしている人が、突然目の前に現れてドッキリ!それだけでなく、目の前でパフォーマンスしてくれて、さらに感動!!という構成。

小栗旬にドッキリ、ぎゃーぎゃー騒ぎまくったあと、壁どんされてメロメロになってしまう青学の女子スプリンターたち。そのビビッドな反応などは、見ているこっちが恥ずかしくなってしまうほど。

その他のコーナーもおかしかったり、楽しかったり、ホロッときたり。ポジティブなテーマと構成なので、見ている方も楽しく、家族と愉快なひとときが過ごせました。土曜日のゴールデンタイムは、やっぱりこういう過ごし方もいいよね。

特に有名な人や、高額ギャラの役者も出てなかったので、制作費はそれほどかからなかったはず。企画しだいで、まだまだ家族全員で楽しめる番組作れるじゃん、と思ったのでした。仕込みとかは大変そうだけどね。

ただ、相変わらずヒナ壇芸人を配置してたけど、コーナー自体が充分に楽しめたので、別にあれはなくても良かったかな。

※画像はhttp://www.tbs.co.jp/taiikukaitv/より