今日は、反省の日です。

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昨日、「クルマ離れ」について書いたら、まるでそれを読んだかのように(ソレはない!)、次のような記事がアップされていました。

“クルマ離れ”“内向き志向”…若者をめぐる言説はどこまで本当か?~ニッセイ基礎研究所准主任研究員・久我尚子氏インタビュー~

詳しい内容は記事を読んでもらうとして、僕はこの「ナントカ離れ」のニュースを見るにつけ、次のようなことを感じていました。

◎従来の「アタリマエ」が、そうじゃなくなっちゃった。ということじゃないの? “社会人になったらクルマ”みたいなをアタリマエ論は、右肩上がりの時代ならでは、だったと思います。

◎じゃ、「離れ」ていった人たちは、どこに行ったの? 少なくなったとは言え若い人はいなくなったわけじゃないです。クルマとかCDとかお酒とかから離れていった人は、どこに行っちゃったの、という論議がなかなか出てこないように思います。

知人でアイドルヲタがいます。彼なんか、ライブの“現場”にほぼ毎日出かけていって、それなりの金額のグッズをしこたま買い込んできます。お金がないわけでも、内向きなワケでもありません。

また、アニメの主題歌(アニソン)なども売れています。「ものすごい売れているのに、ランキングに出なくて悔しい」と、少し前、僕の子供が怒っていました。業界では、アニソンは市場を構成する商品とは見なされず、恣意的に外されているようです。見ないフリをされている?  同じCDなのにね(いまは変わったかもしれません)。

マスコミも、僕たちおとなも、これまでのワク組みとか習慣とかにこだわるあまり、現実というか「いま起こっていること」を見ずに「○○離れ」「××離れ」などと嘆いてばかりのような気がします。

そりゃ、いままで通りのビジネスの環境やスキームで、いままで通りかそれよりちょっと多く売れてくれるのがいちばんハッピーなのかもしれませんが、そうはいかないでしょう。

何が変わって、自分はどこを変えないといけないのか、しっかり見て判断して、動く。それが大切か、と。

敗戦の日の今日は、自戒を込めて書きました。

スーパーカー世代、ふたたび?

「最近、増えてますよ、お子さんと一緒に来店されるお客様」

そんなことを、僕がお付き合いしているクルマのディーラーのセールスが言ってました。

聞けば、1970年代のスーパーカーブームを過ごして、結婚したお父さんの子どもが、いまどんどん免許年齢まで育ってきているのだそう。

クルマ好きの親に育った子どもは、やっぱり、クルマ好きに育つらしいです。よその家庭よりクルマに接する機会が多かったり、親の友人にクルマ好きが多かったり。そんな環境で育つと、やっぱりクルマ好きになっていくような気がします。
ま、全員が全員、というわけではないでしょうけれども。

昨日のユーミンや中島みゆきと同じように、そうやって、文化というか市場が継承されている、と思いました。
人口比率の表で、団塊の世代にひと山盛り上がりがあって、その次、団塊ジュニアの世代に盛り上がりが見られるように、波のうねりのようになって、時代を流れていく。そんな感じ?

若い人のクルマ離れが言われて久しいですが、それでも最近、トヨタやスバルからスポーツタイプのクルマが売り出されたり、その他のメーカーでもスポーツタイプの売れ行きが好調らしいです。

もしかしたらお金のない子どもの代わりに、スーパーカー世代の親が買って、その子どもと一緒に楽しんでいるのかもしれません。

※画像はhttp://www.lamborghini.com/jp/傑作/countach/#!slide/3935から頂きました。

ひとつ、とばし?

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「右に競馬場、左にビール工場って唄ってる、あのあたりです。」

どこにお住まいですか、と聞かれてよくこんな返事をしています。言わずと知れた、松任谷由実の「中央フリーウェイ」の一節。実際には、僕の家は中央自動車道よりは少し離れているけど、都心からの距離感はあんな感じです。

ツカミは抜群、ああ、あの辺ですか、って会話が成り立っていました。・・・ちょっと前までは。

この前、「どこですか、そこ?」と怪訝な顔をされてしまいました。相手は、アラサーと思える初対面の方でした。

聞けば、ユーミンはの曲はあまり聞いたことがない。なんだかおばさんの歌手というイメージなのだそうで。もっぱらミスチルとか、B’zとか、そのへんを聞いているそうです。

なるほどなるほど。ああ、こうして時代が動いていくんだなぁ、と思ってしまいました。少し大げさだけど。

ユーミンといえば、サザンなどと並んで、僕らの世代にとっては必修科目ようなもの。時代が流れて、次の世代のアーティストが文化というかマーケットの中心にきた感じです。

僕らの世代が、石原裕次郎や美空ひばりをちょっと前の人と思っている、それと同じことが繰り返されているわけです。

でも、ですね。

うちの子どもたちは、ユーミンを唄います。中島みゆきとか、スピッツとか、ビートルズも。親の僕たちがよく聞いていたせいで、子どもたちに“伝染”していったのですね。中島みゆきなどは、親子でライブに行ったりもしています。

競馬場とビール工場のくだりも、世代をひとつ飛ばして、僕らの子どもたちの世代に受け継がれていくのでしょうか?

夏といえば、海!

ビールが目の前のお店で500円、すぐ向こうに見えるコンビニで半額。どっちを買う?

僕は、間違いなくコンビニですね。

神戸、須磨の海水浴場のマナー問題が、ネットで報じられ、何日かのタイムラグでテレビの朝のワイドショーなどにも取り上げられるようになりました。休みを取ったおかげで、朝、いつもと違う番組を見ていたら流れていました。

“発信源”は、神戸新聞のこの記事あたりでしょうか。

要は、海水浴場がJRの駅や商店街のすぐそばで、海水浴客が水着のままで歩いてしまって治安が悪くなる、というのが問題。

原因としては、着替えるところが少ない、あっても海の家は1,500円もする。海水浴場の物価も高く、ビールなどは駅にあるコンビニで半額で買える。しかもすぐ近くなので、水着のままつい買いに行ってしまう。といったあたりが原因でしょうか。

記事では問題提起のような書き方になっていましたが、テレビでは「最近の若い者はマナーがなってない」「お店は迷惑がってるのに」というトーンでしたね。

ま、見ている人が主婦層から中高年なので、そういう人たちがうなずけるような内容構成にするのは致し方ないと思います。

でも僕は、海の家がやっている“ビジネスモデル”の方が問題だと思ったわけで。

たかが着替えで、1,500円は高すぎない? ビールだってジュースだって、すぐ近くに半額のお店があったら、ふつう、誰でも行くでしょ。テレビでは、あまりそういうところに触れてませんでしたけどね。

確かに、水着姿で濡れたままで買いに行ってしまう人のモラルも確かに問題だと思うけど。

観光地とか、海の家といえば町からちょっと離れていて、そこでお店をやってること自体、独占的な商売なわけで。だから、ちょっとぐらい“プレミアム”が付いてもしょうがないな、と思います。僕は山に行きますが、頂上の方で水を買おうとすると、びっくりするぐらい高い。超貴重品です。アルプス級の標高になると、そもそも売ってないし。場所が変われば、価値が変わります。

でも、須磨の海岸は、市街地と目と鼻の先。“観光地”でいままで通用していたビジネスモデルが通用しなくなっているのではないでしょうか。

コンビニというモダンなビジネスが、須磨のビジネスモデルを破壊しようとしている、ともとれます。

必要なのは、市街地に至近という立地を活かした、新しいビジネスモデルを作ることではないでしょうか。

「シティビーチ」として新たなイメージを打ち出したり、近隣の商店街と海の家で共通のクーポン券を発行したり、いろいろできそうです。いままでにない新しいサービスを生み出すいい機会なんじゃないかな、と思いながらテレビを見ていたわけです。

※画像は、神戸新聞ウェブサイトhttp://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/201408/0007213152.shtmlのキャプチャです。

日本の過疎化を実感!?

「やっぱり、クルマがないと不便だねぇ」

浜松帰省のときのこと、親族一同で出かけることになって。でもクルマと運転手が足りないことが分かり、じゃバスかな、と調べ始めました。

インターネットで調べると、バスは1日に5便しかなくほとんど使えない。じゃ、本数の多いバスと鉄道を乗り継いで目的地まではタクシーで、となると交通費が異様にかかる。交通費だけでちょっと豪華なランチがが食べられるようなお値段。どうしましょう? と言いながら出てきたコトバが冒頭のひとことでした。

浜松といえば、中部地方の中核都市。80万の人口を持つ政令指定都市です。その浜松で、公共交通機関はこの状態ですから。

まぁ、ホンダとスズキの発祥の地ですし、クルマの普及が進んでいると言えばそうなのですが。

なので、地方に行けば、クルマがないともっと不便なんだろう。そもそも、クルマがないと生活が成り立たないんだろう、と思ったわけです。

大げさにいうと、日本の過疎化を実感した日!?

新東名の、新秩序。

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休暇の帰省で、浜松に来ています。

今年、圏央道と中央道がつながったので、僕が住んでいる府中からはとても行きやすくなりました。これまで1時間程度かけて東名川崎インターに出ていたのですが、それが調布インターまで10分程度走ればよくなりました。

また、休日の東名高速は、海老名あたりまで混んでいることがよくあるのですが、その混雑にも巻き込まれずにすむようになるはずです。実際、今回は巻き込まれることはありませんでした。

御殿場の先からは、新東名に入ります。新しくて広くて路面が良いので、“旧東名”よりも速いペースで流れています。BMWやポルシェといった欧州車が、キリッと速いスピードで追い越し車線を通り過ぎていったりします。そういう雰囲気を察してか、速いクルマが後ろから来ると、追い越し車線にいたクルマもサッと道を譲ります。ちょっとした緊張感が漂っているような気がします。

昔々、イタリアのアウトストラーダ(高速道路)を走ったことがあったのですが、あのときのような雰囲気。速く走りたい、急ぐクルマが最優先。ゆっくり走りたい人もそれなりのスピードで走っていいけど、急ぐ人をジャマしない。

これまで日本の高速道路というと、それなりのスピードで、走行車線が空いているのに追い越し車線をだらだらと走るクルマがいたり。高速道路とはいえちょっとゆるい雰囲気で、信号機がなくてちょっと速めに走れる有料道路」という感じ。

新東名ができたことで、なんというか、無言のヒエラルキーというか、優先順位の意識が走る人にできているように思います。自動車交通の新しい秩序ができつつある、というのは言いすぎでしょうか。

新東名では、そんなちょっと新しい光景を見ることができます。ウェブサイトを見ると、「新東名」のロゴはちょっとレトロ調なんですけどね(それはそれでカッコいいんですけど)。

※画像はhttp://www.c-nexco.co.jp/shintomei/より

日本語って、ヤバい!

「ヤバい、っていうのは、どっちなんでしょうねぇ」

あるソフトウェアの取材でのこと。編集担当と話していました。そのソフトウェアは、テキストを読み取り、よく使われる言葉などをデータ化するもの。

「ヤバい」は最近、「すごい」「上手い」「おいしい」といった意味もあるので、例えば若い人のインタビューや記事などを解析したときに、すごくネガティブな評価になっちゃうんじゃないの? などと、その担当者の人と無責任な雑談をしてました。

メーカーの方に聞いたところ、最新のソフトウェアでも的確な判断は難しいので、人間が判断できるよう別に抽出している、とのこと。その他に「判断が甘い」「お菓子が甘い」など、いろいろあるんだそうで。

なるほど! 日本語って難しい!!

そういえば先日、友だちと街を歩いていて、

「そこのイタ車があるところ、あそこに店があるんだ」

「えっ? ないですよ・・・」

「君が思ってるのって、“痛車”じゃない?」

「ええっ?? 痛車のほかに、痛車って、あるんですか?」

おいおい (^_^;)  世の中は、もうそこまで行っちゃってるのか!?

※画像は、iPhone版アプリ「スーパー大辞林 3.0/大辞林ビューア」より

スマホの大事な「価値」って?

家族4人、iPhoneにしました。

奥さんはアンドロイドから、子ども一人はガラケーから、それぞれ機種変。僕ともう一人の子どもは3年以上前からのiPhoneユーザーです。

アンドロイドは、最初は普通に使えて良かったのですが、1年過ぎる頃から電池がみるみる弱り始め、最近は1時間ももたないといった状況。また電話をかけるにも、操作をしてから3分くらいかかってからようやく相手を呼び出す、といったありさまでした。

聞くところによる、最近のアンドロイドも改良されて良くなったみたいですが、家族のうち2人がなにごともなく普通に使えてるのをみて、残りの2人もiPhoneに、ということになりました。

そのスマホですが、画面が大きい、ムービーなどデータの処理能力も高い、といったハードウェア的な特徴はたくさんありますが、いちばんのメリットは、パソコンと同じ利用環境がそのまま持ち歩ける、ということだと僕は理解しています。

メールやクラウドの情報、ふだん使っているWebサービスなど、いつもパソコンで閲覧したり利用したりしている情報やサービスが、そのままシームレスに持ち歩けて参照できる。

僕の場合、パソコンで入力したカレンダーの予定、住所録などのデータがスマホでもそのまま確認したり。外出先で空き時間に見たウェブサイトをブックマークしておき、事務所に帰ってからパソコンの大きな画面であらためて確認したり。

パソコンとモバイル機器の間でいちいち必要だった情報のやり取りがなくなって、まさに「壁」がなくなった感じ。ものすごい便利なんです。

スマホを使う意味はまさにここにある、と思うのですが、マスコミの報道などを見ると、まだそこまでいってない感じ。

新機種のニュースを見るたびに、やれ画面の大きさがどうだ、とか、CPUがこれだけ速くなった、とか、従来のガラケーの評価フォーマットから抜け出せていない感じ。

パソコンなどと連携して使うことを考えると、電波の受発信性能とか、思った通りに操作できるかとか、バッテリーの持ちとか、充電のスピードとか、そういうベーシックな機能が大事。

その点、僕が知る限りではまだまだiPhoneの方が使いやすいように思っています。

やっぱり、楽しいCM、だな

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「やっぱりプロミスだな」

このヒトコトを言うためだけのコマーシャル。なんて贅沢なんでしょう。

ま、考えてみれば、社名もサービス内容も、みんなだいたい知ってる。新しいサービスもないし、あえて言うことはないわけです。

ただ、市場環境が変わった。

これまで過払い金だとか、またそれによるイメージの悪化も。加えて、業績悪化で大資本の参加に入ったり。それやこれやで、業界全体的に大きなダメージがありました。

そんなことも一段落、アベノミクスのおかげ(?)で何となく気分も上向いている感じもするし、でもやっぱりお金は足らない、という人も多いんじゃないでしょうか(ウチもそう?)。

そんな上向き気分を反映して、消費者金融のCMも何となく反省ムードから一転して明るいモノになってきていたけれど、その中でもこれは出色。おもしろい!

冒頭のヒトコトを言うためだけのハチャメチャな場面設定(さすがに良く分からないだろうと思ったのか、Webに行くと説明が出てました)。かるーいノリの役柄をやらせたらこの人以外には考えられない、谷原さん。お約束のセーターの肩がけもバッチリ! そしてそのキャスティングを活かした、ちょっとズレたストーリー。全部好きだわー。

明るく楽しい表現で、時代の雰囲気を反映しつつ、あらためてその存在を強く印象づけています。CMも、やっぱりプロミスだな!っていう感じ?

これからどんな展開になるか、楽しみです。CMらしい、楽しい作品が見られるようになってうれしいし。

こういうの、才能がないと作れません。それから予算もね!?

※画像はhttp://www.its-promise.jpから頂きました。

失敗、しっぱい!

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「メモ帳を作りたいんだけど」と、地元のクライアントからオーダーがありまして。

こういうときは、

1.品質や納期がしっかりしたモノ:主に大企業向け

2.価格は安い、だけど品質はそれなり:主に中小の企業やお店、あるいはノベルティ用

の選択肢があるのですが、今回は1を選びました。

クライアントさんがブランディングにこだわっていること、わりと富裕層のお客様に対してビジネスを展開していることを考え、しっかりしたモノじゃないと、という判断です。

加えて、ロゴマークやキーカラーなどオリジナルデザインも前提に。

そうなってくると、値段がどんどんかさんできます。メモパッドとはいえ、それなり、あるいはそれ以上のお値段。

大丈夫かな、という不安が一瞬頭をよぎりました。でも、ブランディングの意義には理解あるクライアントさんなので、これくらいは大丈夫だろう、という価格でお出ししたつもりでした。

「いいんだけど、高すぎるよ!」というお返事。

あちゃー!!

コストだけでなく、その他にも要因はあったのですが、今回はちょっと“目測”を誤った感じです。

ブランディングは大事、だけど、コストも大事。

言い替えると、理想も現実もどちらも大事。そのバランスを上手にとり続けるのが経営というものなのでしょう。

※写真は僕が使ってる手帳。メモ帳じゃないですね (^_^;)