大内さんと、徳大寺さん。


「ホンモノは、その程度ではないよ」といつも言われてるようでした。
大内順子さんと、徳大寺有恒さんが、相次いでお亡くなりになりました。とてもショックでした。
ハイセンスな大内さん、ダンディな徳大寺さん。ファッションの世界で、クルマの業界で、それぞれ評論というフィールドで海外の文化やスピリットを伝えてくれた人でした。
70年代からバブル期くらいまでは、まだまだ日本の業界も成長期。海外の流行のパクったような商品を作り、それを日本国内で売りさばくような「商売」が主流でした。
そんな状況を鋭く批判し、「ホンモノを見抜く目を持ちなさい。そのために、知識や経験を重ねなさい」ということを伝えてくれたのがこのお二方でした。
カールラガーフェルド、ジバンシィ、ピエールカルダン、
ジウジアーロ、ピニンファリーナ、ガンディーニ、
雑誌やテレビを通して紹介された、「ホンモノ」の才能を持ったデザイナーやカロッツェリアの作品にあこがれたものです。
そういった情報に触れるたび、「似てるけどそうじゃない商品」が市場にあふれていて、それを見てガッカリしていたのを憶えています。
時代は変わりました。
かつてのように背伸びして海外をのぞき見て、その良さやエッセンスをマネしたりしなくてもいいような時代になりました。日本でも自分のアタマで考えて、「日本発」のアイデアや商品を発信できるようになりました。「ホンモノ」が作れるようになったのです。
そしてそうした商品を、僕らはある程度自信を持って選べるようになりました。
お二方がやってこられたことが、結実したのだと思います。
大内さん、徳大寺さん、安らかにお休みください。
※画像はhttp://www.asahi.com/articles/ASGC755QJGC7UCLV008.htmlより

おにぎりと想像力。

おにぎり2万個、握れますか。

高校野球のサイドストーリーとしてニッカンスポーツが取材したこの記事がバズって、炎上のような騒ぎになりました。

スポーツ新聞としてはありがちな“美談”です。
甲子園を目指す選手、それを支える人たち、その例として「2万個」というインパクトある数字。甲子園での野球をスポーツとしてではなくドラマ的に切り取ったニュース。「根性」や「献身」といったキーワードが浮かぶ、ずっと昔からおなじみだった日本スポーツ報道の、ひとつのスタイルだといえるでしょう。

それに対してTwitterなどネットの世界で、「男尊女卑」「家事ハラスメント」「労力の無駄」と、ネガティブな反応を示した人が多く出ました。言われてみれば確かにそうで、中には「アメリカのスポーツ活動に女子マネージャーというポジションはない」と、“世界基準”を教えてくれる人もいました。

この対立の構図が面白いな、と僕は思いました。
件の女子マネージャーを含む甲子園関係者と、Twitterなどで“おにぎり批判”するような人は、まさに対局、アッチとコッチで絶対交わらないような感じがしたからです。

「甲子園」をめぐる情熱は、先輩から後輩へ、兄から弟へ、親から子どもへ受け継がれ、学校や地域で熟成されています。これまでずっと続けてきたことや、それらをちょっとブラッシュアップしたりして、これからも甲子園出場を目指し、がんばり続けることでしょう。多分、10年前もそして10年後も、同じような情熱や熱気が、この世界に満ちているはずです。おにぎりのマネージャのように、無償でサポートしてくれる人も絶えないことでしょう。いわば、甲子園の生態系です。

その一方で、世の中はどんどん変わっていきます。セクハラ、ドメスティックバイオレンス、ブラック企業など、新しい言葉とともに新しい概念や基準が持ち込まれたり、基準が整備されたりしています。
今回、ネットの世界で意見を主張した人たちは、こうした世の中の動きや変化といった、時代の奔流に敏感な人たちのような気がします。

何年経ってもほぼ同じ生態系が守られている釧路湿原のような環境と、天候によって流れる水の量や場所がめまぐるしく変わるアマゾン川の源流域のような環境。そんな対象的な光景が、僕の頭に浮かびました。

地球上では、釧路湿原とアマゾン源流は交わることは決してありません。ですが、ことネットを介すと、それが一緒くたになってしまうことが面白いと思いました。

この地球上には、湿原のような場所も奔流のような環境も同時に存在していて、それぞれにそこに人がいる。そこにいる人たちに話しかけるには、それぞれの環境や文化を把握しておかないと。そういう“想像力”を持ってないといけないな、なんて、誰かに何かを伝えたり、モノを言ったりする仕事をする人間として感じたのでした。

あ、冒頭の話ですけど。僕のためにおにぎり握ってくれる女の子がいるんだったら、お金を払ってでもお願いしたい、と思いましたが。本題からズレてる?(笑)

※キャプチャ画面は、http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/p-bb-tp3-20140812-1349576.html から頂きました。

スーパーカー世代、ふたたび?

「最近、増えてますよ、お子さんと一緒に来店されるお客様」

そんなことを、僕がお付き合いしているクルマのディーラーのセールスが言ってました。

聞けば、1970年代のスーパーカーブームを過ごして、結婚したお父さんの子どもが、いまどんどん免許年齢まで育ってきているのだそう。

クルマ好きの親に育った子どもは、やっぱり、クルマ好きに育つらしいです。よその家庭よりクルマに接する機会が多かったり、親の友人にクルマ好きが多かったり。そんな環境で育つと、やっぱりクルマ好きになっていくような気がします。
ま、全員が全員、というわけではないでしょうけれども。

昨日のユーミンや中島みゆきと同じように、そうやって、文化というか市場が継承されている、と思いました。
人口比率の表で、団塊の世代にひと山盛り上がりがあって、その次、団塊ジュニアの世代に盛り上がりが見られるように、波のうねりのようになって、時代を流れていく。そんな感じ?

若い人のクルマ離れが言われて久しいですが、それでも最近、トヨタやスバルからスポーツタイプのクルマが売り出されたり、その他のメーカーでもスポーツタイプの売れ行きが好調らしいです。

もしかしたらお金のない子どもの代わりに、スーパーカー世代の親が買って、その子どもと一緒に楽しんでいるのかもしれません。

※画像はhttp://www.lamborghini.com/jp/傑作/countach/#!slide/3935から頂きました。