「社会や人物の欠点・罪悪を遠回しに批判すること。また、その批判を嘲笑的に表現すること。(「デジタル大辞泉」より)」
「ピースとハイライト」が、風刺? って、それはホントの風刺を体験したことがないからでしょ。
「社会や人物の欠点・罪悪を遠回しに批判すること。また、その批判を嘲笑的に表現すること。(「デジタル大辞泉」より)」
Watch, Think, Write
つい、足を止めて見入って、そしてカメラで撮っておきたくなります。
自宅近くの学習塾の看板?です。
デジカメ画像やフォトショップの画像処理などに見慣れた僕には、チョークの素朴な風合いと色合いが新鮮です。
やっぱり、ビジュアルのインパクトは強いなぁ、といつもここを通るたびに思います。
僕らコピーライターがいくら書き立てても、それが一目で分かるビジュアル表現があったら、そっちの方がいいに決まっています。
百聞じゃなくて、百“文”は一見にしかず?
とはいえ、精緻な機械の作用とか、人間の細かな心の動きとか、ビジュアル表現では分野もあることは事実。それ以外にも、言葉の持つ力や機能が求められているところがきっとあるはず。そういう「場」をもっともっと作ったり発見したりしていきたいと思います。
って、ちょっと負け惜しみっぽかったかな(笑)
そこは、コピーライターの“ワザ”で、何とかならない?
みたいなことをよく言われます。
できるときと、できないときがあります。当たり前ですが。
・例えば、カッコいいキャッチを開発するとか、
・それに合わせてボディコピーを仕立てるとか、
・長めの文章をキリッと読みやすくしたりとか、
・小見出しをつけて話の順序を整理したりとか、
・商品特徴を盛り込んだネーミングを作るとか、
・WebやSNS用のコンテンツづくりのサポートとか、
・同じ商品特徴でもパンフレットやWebなど
メディアに合わせて分かりやすく編集して読者に伝えるとか、
とかとか。
ま、そういったことを普段やっているわけです。コピーライターって。
でもでも、まれに、というか冗談っぽかったりもするけど、こんな依頼があったりもするわけで。
・インパクトを出すために、見たことないキャッチが欲しい。でも分かりやすくしたい!
↓
ターゲットの誰もが分かって、理解できる言葉を使わないと
伝わりません。相手が理解してはじめて、
インパクトが生まれますんです!
・3つある商品特徴をまとめて、5文字くらいでネーミングできない?
↓
1つのコトバにいくつもの意味をかぶせることはできないし、
やったとしても、何を言ってるか分からなくなります。
商品を殺しちゃいます!
・どう説明しても原稿用紙3枚分(1200字)ぐらいはかかる文章なんだけど、それを100字くらいにまとめられない?
↓
文章量が多くて少なくならないのは、
言いたいことが多すぎるからです。
情報を伝える前に、整理しましょう!!
コトバは魔法じゃありません。
僕は、魔法使いじゃありません(笑)
おにぎり2万個、握れますか。
高校野球のサイドストーリーとしてニッカンスポーツが取材したこの記事がバズって、炎上のような騒ぎになりました。
スポーツ新聞としてはありがちな“美談”です。
甲子園を目指す選手、それを支える人たち、その例として「2万個」というインパクトある数字。甲子園での野球をスポーツとしてではなくドラマ的に切り取ったニュース。「根性」や「献身」といったキーワードが浮かぶ、ずっと昔からおなじみだった日本スポーツ報道の、ひとつのスタイルだといえるでしょう。
それに対してTwitterなどネットの世界で、「男尊女卑」「家事ハラスメント」「労力の無駄」と、ネガティブな反応を示した人が多く出ました。言われてみれば確かにそうで、中には「アメリカのスポーツ活動に女子マネージャーというポジションはない」と、“世界基準”を教えてくれる人もいました。
この対立の構図が面白いな、と僕は思いました。
件の女子マネージャーを含む甲子園関係者と、Twitterなどで“おにぎり批判”するような人は、まさに対局、アッチとコッチで絶対交わらないような感じがしたからです。
「甲子園」をめぐる情熱は、先輩から後輩へ、兄から弟へ、親から子どもへ受け継がれ、学校や地域で熟成されています。これまでずっと続けてきたことや、それらをちょっとブラッシュアップしたりして、これからも甲子園出場を目指し、がんばり続けることでしょう。多分、10年前もそして10年後も、同じような情熱や熱気が、この世界に満ちているはずです。おにぎりのマネージャのように、無償でサポートしてくれる人も絶えないことでしょう。いわば、甲子園の生態系です。
その一方で、世の中はどんどん変わっていきます。セクハラ、ドメスティックバイオレンス、ブラック企業など、新しい言葉とともに新しい概念や基準が持ち込まれたり、基準が整備されたりしています。
今回、ネットの世界で意見を主張した人たちは、こうした世の中の動きや変化といった、時代の奔流に敏感な人たちのような気がします。
何年経ってもほぼ同じ生態系が守られている釧路湿原のような環境と、天候によって流れる水の量や場所がめまぐるしく変わるアマゾン川の源流域のような環境。そんな対象的な光景が、僕の頭に浮かびました。
地球上では、釧路湿原とアマゾン源流は交わることは決してありません。ですが、ことネットを介すと、それが一緒くたになってしまうことが面白いと思いました。
この地球上には、湿原のような場所も奔流のような環境も同時に存在していて、それぞれにそこに人がいる。そこにいる人たちに話しかけるには、それぞれの環境や文化を把握しておかないと。そういう“想像力”を持ってないといけないな、なんて、誰かに何かを伝えたり、モノを言ったりする仕事をする人間として感じたのでした。
あ、冒頭の話ですけど。僕のためにおにぎり握ってくれる女の子がいるんだったら、お金を払ってでもお願いしたい、と思いましたが。本題からズレてる?(笑)
※キャプチャ画面は、http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/p-bb-tp3-20140812-1349576.html から頂きました。
CDになって、曲の作り方を変えた。
と、小室哲哉さんが以前、インタビューで話していました。ヒット曲を連発していた頃の“秘話”という感じだったでしょうか。
それまでのレコードからCDになって、好きな曲、自分が聴きたい曲をすぐに呼び出せるようになりました。
でも反面、つまらない、聞きたくない曲は、有無を言わさず聞き飛ばせるようにもなったわけです。
小室さんはそこに気付いて、「じゃ、聞き飛ばされないような曲にすればいい」という曲作りをしたそうです。いきなりサビから入る彼の楽曲は、そういう理由から生まれたそうなんです。
なるほど。レコードの時代(いまの人はほとんど知らないんだろうな:笑)は、曲を飛ばそうとすると、曲と曲の合間にあるちょっとした溝を狙って針を落とす「テクニック」が必要でした。へんなふうに針を落としたら溝というかレコード盤を傷つけるので、ちょっとドキドキしたり。また、それをダビングするのも至難の業で、右手で針を持って、左手でカセットテープの録音スタンバイして・・・今から考えると、お笑いですね。
でも、CDというかデジタルになったら、それこそ片手で寝っ転がりながらでもできるようになったわけで。当然、聴き方、楽しみ方は変わりますよね。
そんなメディアの変化に合わせて曲作りを変えた、というのが、彼の成功のポイントだったわけです。まさに、ピンチはチャンス!
これは、僕みたいにコピーを書く人間にもとても参考になった話です。メディアに合わせて言い方を変える、考えるクセがつきました。
少なくとも、メールの書き方が変わりました。小室さんじゃないけど、いきなり本論から書くようになりました。メールって、みんなできれば早く主題を知りたいですからね。
最近では、Webページのほかに、ムービーとかSNSとか、いろいろなメディアがどんどん使われるようになりました。それぞれ、閲覧のスタイルや読者の受け入れ方が違うので、それを想定しながら、言い方を変えています。
どんなふうにするか? それは直接僕に聞いてください!