平日なのに、けっこう混んでました。

平日の夜だというのに、9,446人と1万人近いサポーターを集めました。

昨日行われた天皇杯、松本山雅戦です。写真で写っているエリアは指定席なのでガラガラですが、ゴール裏はほぼ満員でした。スタンドの向こう、真っ赤に燃えてる夕日がきれいでした。

平日の水曜日、Jリーグのマッチではなく、カップ戦のまだ3回戦、相手はJ2のチーム(でも2位の好成績!)と、あまり注目を集める要素はなかったのですが。

それでも、スタジアムに行くためにお茶の水から電車に乗ったとき、青赤のタオルマフラーを持った人を見かけたり。新宿駅に着いたら、僕らサポーターに加え、相手チームカラーのグリーンもちらほらと。僕の気分も盛り上がってきました。最近は、けっこう人が集まるようになってきました。

FC東京のゲームを初めて見たのは、確か2000年、このチームがJ1に上がってきた年です。当時、味スタはまだ竣工していなかったので、国立競技場まで見に行きました。都心なのに空が広々して、スタジアムの席もガラガラで子どもたちが走り回っていました(笑)。

翌年、味スタができて、こけら落としのゲームはベルディとの東京ダービー。5万人の大観衆(このときの記録はいまだに破られていないと思う)、当時の石原都知事のへろへろとした始球式、そしてロペスの劇的な決勝ゴール・・・

アマラオやジャーン、サンドロ、福田健二、ルーカス、石川直宏、土肥洋一、梶山陽平、今野泰幸、長友佑都などなど、選手の活躍。大熊監督の大声、原さんのひょうひょうとした感じ、城福さんのジャンプもカッコ良かった。

昨夜のゲームでは、ケガ明けの梶山選手がベンチ入り。先発ではないのに、ゴール裏から特別にコールをされていました。待ってました!!という感じ。

また石川選手が後半に交代出場しました。この選手を初めて見たのは、2002年くらい、確かユース代表のテストマッチ(相手はメキシコだった、ような)。ぴょんぴょん跳ねるような動きなのに、とっても速い。右サイドをカンカン上がって、ドリブルしながらでも併走する選手をどんどん追い越してしまう、とんでもない速さは、いまもくっきり憶えています。

当時は横浜Fマリノスの所属だったのですが、確か、このゲームの後に東京に移籍したはずです。

その彼もすでに33歳。FC東京の“顔”として活躍してきた彼も、キャリアの終盤を迎えようとしています。2006年か07年の夏、チームワーストの連敗を喫したとき、ホイッスル後、崩れたまま立ち上がれなかった彼の姿が忘れられません。その他にも、まだまだ思い出がいっぱい!

そんなふうにして、いろんな選手の歴史が刻まれ、チームとしての歴史になって、それが降り積もってこのエリアの文化になっていくのだと思います。

スタジアムができてから、まだまだ13年。これからも1年1年、歴史を積み重ねて、いつかはバルセロナのような年とチームになってほしいな、と。僕は死んでいると思うけど(笑)

Skitch!

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Webページの修正指示、どうすればいいか、困っていました。

すごく前はいちいちプリントアウトして、そこに手書きで修正を入れて、ファクス。でも、モノクロになってしまうので見にくかったり。

次に、画面キャプチャを取ってPowerPointに貼り込み、そこに指示を書いたり。あるいはPDFファイル用のソフト、Adobe Acrobat上でアノテーションを入れたり。

PowerPointは、実はMac上では使いにくくて、ちょっと使うにも気が重いんです。Acrobatも、動きが重いとか画面上でコピペできかなかったり、ちょっとイライラしながら使ってた、という状況でした。

でも、でも、これは使いやすいんじゃない!
という新しいソフトが見つかりました \(^O^)/

「Skitch」というソフト。Sketch(スケッチ)ではないんですね。

Evernoteと連携して使えるアプリで、僕がダウンロードしたリンクはEvernoteのウェブサイトにありました。無料です。

で、その画面をちょいちょいと、そのSkitchでいじったのが上の画像。

ウェブサイトのテストページで「ここ、ちょっと気になる」というところを見つけたら、
・その個所をすぐにキャプチャして
・囲み線や手書き線を入れたり
・テキストで注釈つけたり、
・ヤバいところはモザイクかけたり(←これ新しい)
・終わったらFBやTWでシェアしたり
・もちろんEvernoteに保存したり

こうした作業がシームレスにできる! 

Webページで面白いページを見つけたとき、自分のコメントとかをサッと書き込んで、Facebookに上げたりとかがすぐにできるわけです。素晴らしい!!

公開したくないひとの顔とか情報があったら、モザイクで無効化できる点が新しい感じ。トップ画像のオレンジのテキストなどは、僕がSkitchで書き込みました。その時間、わずか1〜2分程度。すぐできるでしょ。

僕だと、Webページの修正個所をデザイナーに指示する、といった用途なんですが、ちょっとした指示ならもうこれで充分。

もっと多くなったら、電話や直接会って打ち合わせをした方が早くて確実ですからね。

僕は魔法使いじゃないです!!

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そこは、コピーライターの“ワザ”で、何とかならない?

みたいなことをよく言われます。

できるときと、できないときがあります。当たり前ですが。

・例えば、カッコいいキャッチを開発するとか、
・それに合わせてボディコピーを仕立てるとか、
・長めの文章をキリッと読みやすくしたりとか、
・小見出しをつけて話の順序を整理したりとか、
・商品特徴を盛り込んだネーミングを作るとか、
・WebやSNS用のコンテンツづくりのサポートとか、
・同じ商品特徴でもパンフレットやWebなど
 メディアに合わせて分かりやすく編集して読者に伝えるとか、
 とかとか。

ま、そういったことを普段やっているわけです。コピーライターって。

でもでも、まれに、というか冗談っぽかったりもするけど、こんな依頼があったりもするわけで。

・インパクトを出すために、見たことないキャッチが欲しい。でも分かりやすくしたい!
    ↓
  ターゲットの誰もが分かって、理解できる言葉を使わないと
  伝わりません。相手が理解してはじめて、
  インパクトが生まれますんです!

・3つある商品特徴をまとめて、5文字くらいでネーミングできない?
    ↓
  1つのコトバにいくつもの意味をかぶせることはできないし、
  やったとしても、何を言ってるか分からなくなります。
  商品を殺しちゃいます!

 ・どう説明しても原稿用紙3枚分(1200字)ぐらいはかかる文章なんだけど、それを100字くらいにまとめられない?
    ↓
 文章量が多くて少なくならないのは、
 言いたいことが多すぎるからです。
 情報を伝える前に、整理しましょう!!

コトバは魔法じゃありません。
僕は、魔法使いじゃありません(笑) 

おにぎりと想像力。

おにぎり2万個、握れますか。

高校野球のサイドストーリーとしてニッカンスポーツが取材したこの記事がバズって、炎上のような騒ぎになりました。

スポーツ新聞としてはありがちな“美談”です。
甲子園を目指す選手、それを支える人たち、その例として「2万個」というインパクトある数字。甲子園での野球をスポーツとしてではなくドラマ的に切り取ったニュース。「根性」や「献身」といったキーワードが浮かぶ、ずっと昔からおなじみだった日本スポーツ報道の、ひとつのスタイルだといえるでしょう。

それに対してTwitterなどネットの世界で、「男尊女卑」「家事ハラスメント」「労力の無駄」と、ネガティブな反応を示した人が多く出ました。言われてみれば確かにそうで、中には「アメリカのスポーツ活動に女子マネージャーというポジションはない」と、“世界基準”を教えてくれる人もいました。

この対立の構図が面白いな、と僕は思いました。
件の女子マネージャーを含む甲子園関係者と、Twitterなどで“おにぎり批判”するような人は、まさに対局、アッチとコッチで絶対交わらないような感じがしたからです。

「甲子園」をめぐる情熱は、先輩から後輩へ、兄から弟へ、親から子どもへ受け継がれ、学校や地域で熟成されています。これまでずっと続けてきたことや、それらをちょっとブラッシュアップしたりして、これからも甲子園出場を目指し、がんばり続けることでしょう。多分、10年前もそして10年後も、同じような情熱や熱気が、この世界に満ちているはずです。おにぎりのマネージャのように、無償でサポートしてくれる人も絶えないことでしょう。いわば、甲子園の生態系です。

その一方で、世の中はどんどん変わっていきます。セクハラ、ドメスティックバイオレンス、ブラック企業など、新しい言葉とともに新しい概念や基準が持ち込まれたり、基準が整備されたりしています。
今回、ネットの世界で意見を主張した人たちは、こうした世の中の動きや変化といった、時代の奔流に敏感な人たちのような気がします。

何年経ってもほぼ同じ生態系が守られている釧路湿原のような環境と、天候によって流れる水の量や場所がめまぐるしく変わるアマゾン川の源流域のような環境。そんな対象的な光景が、僕の頭に浮かびました。

地球上では、釧路湿原とアマゾン源流は交わることは決してありません。ですが、ことネットを介すと、それが一緒くたになってしまうことが面白いと思いました。

この地球上には、湿原のような場所も奔流のような環境も同時に存在していて、それぞれにそこに人がいる。そこにいる人たちに話しかけるには、それぞれの環境や文化を把握しておかないと。そういう“想像力”を持ってないといけないな、なんて、誰かに何かを伝えたり、モノを言ったりする仕事をする人間として感じたのでした。

あ、冒頭の話ですけど。僕のためにおにぎり握ってくれる女の子がいるんだったら、お金を払ってでもお願いしたい、と思いましたが。本題からズレてる?(笑)

※キャプチャ画面は、http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/p-bb-tp3-20140812-1349576.html から頂きました。

メディアが変われば、言い方も変わる。

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CDになって、曲の作り方を変えた。

と、小室哲哉さんが以前、インタビューで話していました。ヒット曲を連発していた頃の“秘話”という感じだったでしょうか。

それまでのレコードからCDになって、好きな曲、自分が聴きたい曲をすぐに呼び出せるようになりました。

でも反面、つまらない、聞きたくない曲は、有無を言わさず聞き飛ばせるようにもなったわけです。

小室さんはそこに気付いて、「じゃ、聞き飛ばされないような曲にすればいい」という曲作りをしたそうです。いきなりサビから入る彼の楽曲は、そういう理由から生まれたそうなんです。

なるほど。レコードの時代(いまの人はほとんど知らないんだろうな:笑)は、曲を飛ばそうとすると、曲と曲の合間にあるちょっとした溝を狙って針を落とす「テクニック」が必要でした。へんなふうに針を落としたら溝というかレコード盤を傷つけるので、ちょっとドキドキしたり。また、それをダビングするのも至難の業で、右手で針を持って、左手でカセットテープの録音スタンバイして・・・今から考えると、お笑いですね。

でも、CDというかデジタルになったら、それこそ片手で寝っ転がりながらでもできるようになったわけで。当然、聴き方、楽しみ方は変わりますよね。

そんなメディアの変化に合わせて曲作りを変えた、というのが、彼の成功のポイントだったわけです。まさに、ピンチはチャンス!

これは、僕みたいにコピーを書く人間にもとても参考になった話です。メディアに合わせて言い方を変える、考えるクセがつきました。

少なくとも、メールの書き方が変わりました。小室さんじゃないけど、いきなり本論から書くようになりました。メールって、みんなできれば早く主題を知りたいですからね。

最近では、Webページのほかに、ムービーとかSNSとか、いろいろなメディアがどんどん使われるようになりました。それぞれ、閲覧のスタイルや読者の受け入れ方が違うので、それを想定しながら、言い方を変えています。

どんなふうにするか? それは直接僕に聞いてください!

戦争の記憶、掩体壕(えんたいごう)

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急場しのぎで造ったようなコンクリートの“屋根”のような。初めて見たときは、地元の建築会社の資材置き場かと思ってました。

自宅近くの光景です。ちょうど、西武多摩川線をまたぐ甲州街道の陸橋があり、運転するクルマからでも、写真のように見わたすことができます。

この“屋根”は、「掩体壕」といって、戦時中、アメリカ軍の攻撃から戦闘機を隠しておく目隠しだったのだそうです。甲州街道を通るたび見かけていた不思議な建造物が、実は戦争のなごりだったなんて、初めて知ったときは、ちょっとびっくりでした。

この付近には、調布飛行場があります。いまは、民間のセスナがあったり、大島や新島への定期便が飛んでいたりしますが、昔は陸軍の飛行場でした。

滑走路があるのは、いまの味の素スタジアムの裏手。そこから北に2キロほど行くとスバルの自動車工場や、国際基督教大学(ICU)がありますが、そのあたりまで航空基地の領域だったそうです。

ちなみに、スバルの工場やICUの一帯は、「隼」などの戦闘機を造っていた中島飛行機(スバルの富士重工業の前身)の研究所跡でした。戦後、その敷地にマッカーサーの肝いりでICUが設立されています。ICUでは、中島飛行機時代の建物が、いまも校舎として使われているところもあるそうです。また、ICU内を走る道路はやけに広く造られていますが、これは戦闘機が通るための幅を確保したのだそうです。

その南側には、身近な清流で知られる野川が通る野川公園があります。そこをGoogleマップの航空写真モードで見ると、グリーンとフェアウェイがあるゴルフ場のように見えます。それもそのはず、戦後、アメリカ軍によって基地一帯が接収されたとき、米兵たちのゴルフ場として使われていたそうです。

場所柄でしょうか。ちょっと見わたしただけでも、戦後のなごりを次々に見つけることができます。

昨日は、終戦記念日でした。僕は戦争体験はないですが、せっかく身近にこんなにあれこれあるのですから、家族たちと戦争や平和について考えたり話したりするときの題材にしたいと思っています。

※写真はおととし、掩体壕が府中市によって整備され一般公開されたときのものです。

今日は、反省の日です。

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昨日、「クルマ離れ」について書いたら、まるでそれを読んだかのように(ソレはない!)、次のような記事がアップされていました。

“クルマ離れ”“内向き志向”…若者をめぐる言説はどこまで本当か?~ニッセイ基礎研究所准主任研究員・久我尚子氏インタビュー~

詳しい内容は記事を読んでもらうとして、僕はこの「ナントカ離れ」のニュースを見るにつけ、次のようなことを感じていました。

◎従来の「アタリマエ」が、そうじゃなくなっちゃった。ということじゃないの? “社会人になったらクルマ”みたいなをアタリマエ論は、右肩上がりの時代ならでは、だったと思います。

◎じゃ、「離れ」ていった人たちは、どこに行ったの? 少なくなったとは言え若い人はいなくなったわけじゃないです。クルマとかCDとかお酒とかから離れていった人は、どこに行っちゃったの、という論議がなかなか出てこないように思います。

知人でアイドルヲタがいます。彼なんか、ライブの“現場”にほぼ毎日出かけていって、それなりの金額のグッズをしこたま買い込んできます。お金がないわけでも、内向きなワケでもありません。

また、アニメの主題歌(アニソン)なども売れています。「ものすごい売れているのに、ランキングに出なくて悔しい」と、少し前、僕の子供が怒っていました。業界では、アニソンは市場を構成する商品とは見なされず、恣意的に外されているようです。見ないフリをされている?  同じCDなのにね(いまは変わったかもしれません)。

マスコミも、僕たちおとなも、これまでのワク組みとか習慣とかにこだわるあまり、現実というか「いま起こっていること」を見ずに「○○離れ」「××離れ」などと嘆いてばかりのような気がします。

そりゃ、いままで通りのビジネスの環境やスキームで、いままで通りかそれよりちょっと多く売れてくれるのがいちばんハッピーなのかもしれませんが、そうはいかないでしょう。

何が変わって、自分はどこを変えないといけないのか、しっかり見て判断して、動く。それが大切か、と。

敗戦の日の今日は、自戒を込めて書きました。

スーパーカー世代、ふたたび?

「最近、増えてますよ、お子さんと一緒に来店されるお客様」

そんなことを、僕がお付き合いしているクルマのディーラーのセールスが言ってました。

聞けば、1970年代のスーパーカーブームを過ごして、結婚したお父さんの子どもが、いまどんどん免許年齢まで育ってきているのだそう。

クルマ好きの親に育った子どもは、やっぱり、クルマ好きに育つらしいです。よその家庭よりクルマに接する機会が多かったり、親の友人にクルマ好きが多かったり。そんな環境で育つと、やっぱりクルマ好きになっていくような気がします。
ま、全員が全員、というわけではないでしょうけれども。

昨日のユーミンや中島みゆきと同じように、そうやって、文化というか市場が継承されている、と思いました。
人口比率の表で、団塊の世代にひと山盛り上がりがあって、その次、団塊ジュニアの世代に盛り上がりが見られるように、波のうねりのようになって、時代を流れていく。そんな感じ?

若い人のクルマ離れが言われて久しいですが、それでも最近、トヨタやスバルからスポーツタイプのクルマが売り出されたり、その他のメーカーでもスポーツタイプの売れ行きが好調らしいです。

もしかしたらお金のない子どもの代わりに、スーパーカー世代の親が買って、その子どもと一緒に楽しんでいるのかもしれません。

※画像はhttp://www.lamborghini.com/jp/傑作/countach/#!slide/3935から頂きました。

ひとつ、とばし?

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「右に競馬場、左にビール工場って唄ってる、あのあたりです。」

どこにお住まいですか、と聞かれてよくこんな返事をしています。言わずと知れた、松任谷由実の「中央フリーウェイ」の一節。実際には、僕の家は中央自動車道よりは少し離れているけど、都心からの距離感はあんな感じです。

ツカミは抜群、ああ、あの辺ですか、って会話が成り立っていました。・・・ちょっと前までは。

この前、「どこですか、そこ?」と怪訝な顔をされてしまいました。相手は、アラサーと思える初対面の方でした。

聞けば、ユーミンはの曲はあまり聞いたことがない。なんだかおばさんの歌手というイメージなのだそうで。もっぱらミスチルとか、B’zとか、そのへんを聞いているそうです。

なるほどなるほど。ああ、こうして時代が動いていくんだなぁ、と思ってしまいました。少し大げさだけど。

ユーミンといえば、サザンなどと並んで、僕らの世代にとっては必修科目ようなもの。時代が流れて、次の世代のアーティストが文化というかマーケットの中心にきた感じです。

僕らの世代が、石原裕次郎や美空ひばりをちょっと前の人と思っている、それと同じことが繰り返されているわけです。

でも、ですね。

うちの子どもたちは、ユーミンを唄います。中島みゆきとか、スピッツとか、ビートルズも。親の僕たちがよく聞いていたせいで、子どもたちに“伝染”していったのですね。中島みゆきなどは、親子でライブに行ったりもしています。

競馬場とビール工場のくだりも、世代をひとつ飛ばして、僕らの子どもたちの世代に受け継がれていくのでしょうか?

夏といえば、海!

ビールが目の前のお店で500円、すぐ向こうに見えるコンビニで半額。どっちを買う?

僕は、間違いなくコンビニですね。

神戸、須磨の海水浴場のマナー問題が、ネットで報じられ、何日かのタイムラグでテレビの朝のワイドショーなどにも取り上げられるようになりました。休みを取ったおかげで、朝、いつもと違う番組を見ていたら流れていました。

“発信源”は、神戸新聞のこの記事あたりでしょうか。

要は、海水浴場がJRの駅や商店街のすぐそばで、海水浴客が水着のままで歩いてしまって治安が悪くなる、というのが問題。

原因としては、着替えるところが少ない、あっても海の家は1,500円もする。海水浴場の物価も高く、ビールなどは駅にあるコンビニで半額で買える。しかもすぐ近くなので、水着のままつい買いに行ってしまう。といったあたりが原因でしょうか。

記事では問題提起のような書き方になっていましたが、テレビでは「最近の若い者はマナーがなってない」「お店は迷惑がってるのに」というトーンでしたね。

ま、見ている人が主婦層から中高年なので、そういう人たちがうなずけるような内容構成にするのは致し方ないと思います。

でも僕は、海の家がやっている“ビジネスモデル”の方が問題だと思ったわけで。

たかが着替えで、1,500円は高すぎない? ビールだってジュースだって、すぐ近くに半額のお店があったら、ふつう、誰でも行くでしょ。テレビでは、あまりそういうところに触れてませんでしたけどね。

確かに、水着姿で濡れたままで買いに行ってしまう人のモラルも確かに問題だと思うけど。

観光地とか、海の家といえば町からちょっと離れていて、そこでお店をやってること自体、独占的な商売なわけで。だから、ちょっとぐらい“プレミアム”が付いてもしょうがないな、と思います。僕は山に行きますが、頂上の方で水を買おうとすると、びっくりするぐらい高い。超貴重品です。アルプス級の標高になると、そもそも売ってないし。場所が変われば、価値が変わります。

でも、須磨の海岸は、市街地と目と鼻の先。“観光地”でいままで通用していたビジネスモデルが通用しなくなっているのではないでしょうか。

コンビニというモダンなビジネスが、須磨のビジネスモデルを破壊しようとしている、ともとれます。

必要なのは、市街地に至近という立地を活かした、新しいビジネスモデルを作ることではないでしょうか。

「シティビーチ」として新たなイメージを打ち出したり、近隣の商店街と海の家で共通のクーポン券を発行したり、いろいろできそうです。いままでにない新しいサービスを生み出すいい機会なんじゃないかな、と思いながらテレビを見ていたわけです。

※画像は、神戸新聞ウェブサイトhttp://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/201408/0007213152.shtmlのキャプチャです。