浅草といえば、下町、江戸情緒だ。
雷門、仲店、浅草寺、ちょっと行って、花やしきかな?
うなぎ、すき焼き、どぜう、昔ながらの洋食。そして、電気ブランとか?
そんな浅草で、なんでサンバ? と思っていました。
ウィキペディアで調べたところ、浅草演芸場など大衆娯楽としての浅草のイメージをよみがえらせるため、だそうで。
そういえば浅草は、ビートたけしさんなどの芸人をたくさん育てた町でもありました。うっかりしてました。僕の世代では、そんな面影はもはやないんですが。
サンバカーニバルは1981年スタート。その企画には俳優の伴淳三郎さんも加わっていたとか。
庶民の娯楽の殿堂、浅草の意地というかプライドの象徴が、あのカーニバルだったんですね。なるほどなるほど。
それにしても、浅草でブラジル、あの派手で金ピカな色、浅草寺前であんな衣装で腰振りまくるなんて、ものすごいミスマッチ。でも、あの“外し”がものすごいパワーを生んでいる気がします。
アイデアって、あるコトとあるコトの化学反応のようなもので。三味線で民謡を弾くのは普通だけど、ロックを弾いたら新しくてインパクトある曲になります。三味線×ロックという化学反応が起きるわけです。
浅草サンバカーニバルもこの化学反応だな、と。この反応は50万人も集める“威力”を発揮しているそうです。
こんな化学反応、どこかで起こしてみたいなー!
※画像はhttp://www.asakusa-samba.orgより