“お客様目線”すぎて、TPOを忘れたデザイン。新国立競技場

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スタジアムは、非日常の祝祭空間だ

「どんな試合になるんだろう」「さあ、やるぞ!」
そんなふうに、気持ちが自然と高まってくる場所だった。以前の国立競技場は。

地下鉄の駅から地上に出て、すり鉢状にそそり立った構造物を見あげると、自然と気持ちが昂ぶってくる。これから始まるゲームに対する期待や予感でワクワクしてくる。非日常の空気を身に纏ったあの建物には、スポーツを見に来た人まで“その気”にさせてくれた。

スポーツは演劇や映画などと同様、非日常を楽しむエンターテインメントだ。日頃の煩わしいことはさておき、ありえないようなスピード感やアスリートの瞬間のひらめきに目を奪われ、心ときめく。
そんなスポーツと一体となるスタジアムには、やはり“舞台装置”ともいうべき機能が欲しい。観戦する僕たちを日常から隔絶させ、スポーツや競技と一体となり、熱狂や興奮ををかもし出す雰囲気。そうした、祝祭空間としてのカタチや機能がとても大切だと僕は思っている。神を祀る神社には神社の、教会には教会の、それぞれの建築の“文法”のようなものがある。ちょっと強引かもしれないけれど、そうした文法がスタジアムにもあると思うのだ。

昔の国立競技場には、それがあった。日常の景色にはない、あの逆反りの巨大な構造物とそれを支えるための大きな柱が円を描いて立ち並ぶ光景を見ると、僕自身のスイッチが切り替わった。
そしてスタンドに座ると、まわりに建ち並ぶビルの光景が、スタジアムの楕円のカタチにくりぬかれ、そこだけ孤絶しているかのような空間。東京のど真ん中にいながら、見上げると空しかない。そこはスポーツを純粋に楽しむ人だけの空間になり、そこだけ特別な時間が流れ、熱狂や興奮が生まれていた。

アリアンツ・アレーナはドイツサッカーのシンボルに

実際に行ったことはないけれど、サッカーのドイツ・バイエルンミュンヘンの本拠地、アリアンツ・アレーナ(下の画像)は現代の祝祭空間として出色だと思う。
パッと見ただけでも新しいデザイン。巨大な繭のような構造体につつまれ、選手とサポーターとが高密度に一体となる。サッカーという競技を通して感動や興奮が紡ぎ出される。まさに、非日常の祝祭空間だ。
この競技場は2006年のドイツ・ワールドカップのために建設されたもの(日本チームはジーコジャパンのとき)。そのデザインは、いまではドイツサッカーのシンボルにもなっているようにも思う。建設の資金はバイエルンミュンヘンが調達し、その金額は約3億5千万ユーロ(約500億円)だったそうだ。

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カンプノウも約800億円で建て替えを計画中

スペインサッカーの名門、バルセロナにはカンプノウがある。8万人収容のスタジアムにまで拡大されたが、建築から60年近くたち、建て替えが発表された(下の画像)。2015年に決定されたプランは収容10万人規模、ミュンヘンのスタジアム同様、包み込まれるようなデザインだ。中国オリンピックの際に建築された北京のスタジアム(北京国家体育場)なども見ると、包み込むように外界と隔絶するのが最近のスタジアムのトレンドなのかもしれない。
バルセロナの計画では、2017年に着工、2021年に完成予定。総工費は6億ユーロ(約800億円)を見込んでいる。

そしてまた、私たちの国立競技場も建て替えることになったわけだけれど。1960年代に設計・建築された祝祭空間が、2015年のいま、どのようなカタチに生まれ変わるのか、どのような仕組みが備わるのか、僕は非常に注目していた。

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早く、安くできるプランを採用した、日本の新国立競技場

最終コンペで提案された、隈研吾さん擁する大成建設のA案も、伊東豊雄さん擁する竹中工務店はじめ3社JVのB案も、オーソドックスな屋根付きスタジアムのデザイン。どちらも同じようだと思った。

日常から乖離させ、スポーツの興奮をどれだけ沸き立たせてくれるか、どちらが祝祭空間としてふさわしいかという視点で見ると、どちらかというとB案の方かな、と僕は思っていた。

最終的にA案に決定されたが、日経の報道を見てビックリ! デザインの評価よりも工期短縮やコスト縮減に重きが置かれていたからだ。

■委員1人あたりの持ち点
業務の実施方針:20点
コスト・工期:70点
施設計画:50点
合計140点×審査員7人=980点満点

つまり、早く、安くできる方にしたい。施設本体のデザインや機能は二の次だ。という決め方だったわけだ。評価点の配点を見る限りでは。

そして、各項目の審査結果は以下の通り(上記リンク先より)。

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よく見ると、B案の方がデザイン(施設計画)の評価ではリードしている。「ユニバーサルデザイン」「日本らしさ」「構造計画」「建築計画」などで得点を稼ぎ小計は270点。A案は246点。その差、24点。

A案が強みを発揮したのは、コスト・工期の領域。特に工期短縮ではB案に27点もの差をつけて、小計で252点を稼いだ。
それに対してB案は228点、A案との差は24点。デザインで稼いだ得点をはきだし、まったくのイーブンに。
評価を決したのは、結果的に「業務の実施方針」の得点差、8点だったということに。

A案の大成建設グループはもともと旧計画の本体部分を工事を受注予定で、そのための計画を練っていたのでアドバンテージがあった、と日経の記事は伝えている。
ちなみにA案の「整備費」は1489億円。一国のナショナルスタジアムを建築し、その周辺を整備するコストなので、バルセロナのカンプノウとは純粋に比較にならないとは思うけれど、それにしても「高い」という印象は拭えない。

そしてデザインは、“そっちのけ”にされた

確かに、前のハディドさんのプランはいろいろな意味でビックリが多かった。デザインの特異さをはじめ、異様とも思える大きさ、奇抜な構造など、そのすべてに。
「なんだコレ!?」最初見たとき、僕もそう思った。しかし、完成して実際にこの目で見たら納得できるかな、とも思っていた。バルセロナで建設されているサグラダファミリア大聖堂のように、というのは言いすぎか(とはいえ、別のデザインもあるのでは? とも思っていたけれど・・・)。

そうしたデザインプランの難解さに加えて、どんどんふくらんでいく工期と建設費、さらにそれらが決定されるプロセスの不透明さ、担当する部署や責任者の不可解な対応などが社会から批判され、結局、イチからやり直しとなったのは周知の通り。

今回は、まずデザインありきだった前回の決め方からガラッと変わって、総合的な建築計画で争われた。そこで重要視されたのは、工期や建設コストといった、前回に批判が集中した点だ。まさに「あつものに懲りてなますを吹く」という感じ。それが如実に表れたのが、採点の配点といえる。

一方で、デザインは犠牲にされた。そっちのけにされた、と言ってもいい。配点の通り。
そもそもコンペ公示から提出までわずか5か月という短期間で、ろくなデザインができるわけがない。新しい構造や素材があっても、時間とコストに縛られて既存の工法や実績のある手法に頼らざるを得ないのは自明。
さらに、ハディドさんの轍を踏まぬように、思い切ったプランには外部から強烈なブレーキがかけられたことも想像に難くない。
そんなあれこれを考えれば、目の覚めるような良いデザインなんて、今回は望むべくもなかったわけだ。

すべては、
スケジュールに間に合わせるために。
予算内に収めるために。
社会から批判されないように。

そうして、新国立競技場の建設計画が決定された。
いってみれば、今回の決定は、世間の評価といった“お客さま目線”が最優先されたカタチだ。
その一方で、スポーツスタジアムが本来持つべき祝祭空間としてのデザインや機能性は置き去りにされてしまった。TPOが感じられないデザインに、結果的になってしまった。

僕は冒頭に書いたような、ワクワク、ドキドキを感じさせてくれるような、そして日本のスポーツのシンボルとなるような新時代のスタジアムを夢想していた。例えるなら、アリアンツ・アレーナの次世代・日本版だ。
日本にはカーボンや薄膜といった新素材がたくさんある。建築土木の技術も優秀だ。隈さんや伊藤さんといった建築デザインの才能も豊富だ。
これらを結集すれば、2回目の東京オリンピックを象徴するものすごいものがきっとできる、と期待していたのだが。

※Top画像は2012年1月1日、サッカー天皇杯決勝