黒澤明監督の傑作「羅生門」のモチーフになった東郷寺の手前に、その坂はあります。京王線多磨霊園駅を南に数分歩いたあたりです。
府中市の碑が立てられていて、そこに由来が説明されています。江戸時代、玉川上水をこのあたりに通そうとしたけれど、何かの理由で水が流れなくなり、計画変更となってしまいました。その責任を問われた役人が切腹を命じられ、辞世の句で「かなしい」と嘆いたことからこの名が付けられたそうです。まさに詰め腹。
この周辺は崖線(がいせん)といって、大昔、多摩川が削った台地です。小金井のあたりで一段、そこから南に行くと、このかなしい坂の周辺でさらに一段、雛壇のような段差のある土地になっています。太古、ここを多摩川の荒々しい奔流が大地を削り取り、そうして残された地形の上に、私たちが暮らしているわけです。
なので、崖線の周辺は微妙な傾斜の坂が多くあり、先の東郷寺も、その傾斜を上手に活かして、黒澤監督が参考にした見事な山門が造られています。
江戸時代の玉川上水も、そんな自然のアンジュレーションに、水の流れを邪魔されたのではないでしょうか。切腹の武士は、多摩川がつくった“わな”のような土地に翻弄された一人かもしれません。
切腹の武士もそんなことを考えていたとしたら、まさに「かなしい坂」です。
※かなしい坂のある東郷寺は、春、しだれ桜の名所。奥に見えるのは山門の屋根です。