選べるって、めんどくさい

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麺の硬さはどうしますか? →別に普通でいいです。
スープの濃さは? →フツーで、
油の量は? →いやいやフツーで、、、(全部フツーでいいからとっとと持っこいや!←心の叫び声)

最近、ラーメンひとつ頼むのもめんどくさい。麺の硬さとかを選べるのが流行りらしく、あちこちの店でやっているけど、味に自信がないんじゃないかと勘ぐりたくもなる。
ほかにも某サンドイッチ店などは、注文そのものが難行なので、店にはもう何年も入っていない。

何が面倒くさかったといえば、住む場所さがしだった。
毎週、日曜日の朝早くに出かけて物件を見てそれまでの物件と比較して、ローンを計算して払えるかどうかドキドキしたり。
帰り際に周辺の環境(ヘンな人が住んでなさそうかとか)や駅までの距離とかコンビニやスーパー、住んだら子どもたちが通いそうになる学校(イジメありそう!?)の場所とか、とか。

選択肢があるって、たぶん、いいことだと思うけど。
不必要なほど、手に負えないほどありすぎるのも、負担だ。
ラーメンの麺の硬さみたいに、選ぶほどの価値を見出していない人には、苦痛でしかない。

そんなこんなで貴重な休日をつぶして、帰りのファミレスで家族で晩ごはんを食べながらひと言、「こういうのって、地方の人はやらないんだろうな」とつぶやいてしまった。

地方だと、両親や親戚が持っている土地を借りたりして家を建てる人も多い。上物だけなら一千万円もあれば、充分に家が建つ。
わが家みたいに休日ごとに不動産めぐりなんて苦行をしなくてもすむ。その分、家族とピクニックに出かけたり趣味の釣りとか行っちゃったりして、楽しい人生が過ごせそうだ(ご近所づきあいとか介護とか、いろいろ面倒くさいことがそれあるんだよ、と反論もありそうだけど)。

住む場所はおろか、家業を継ぐなどして生き方自体が決まってる人もいるだろう。
転職サイトとか見ながら「こっちの会社は俺より多くもらえそう、履歴書書いちゃおうかな」というコトもなく。転職ではなく、天職がまっとうできそうだ。

隣の芝生が青く見えない、迷うことなき人生。
なんだかよくない?

不動産からラーメンから服から、
ECサイトからデパートからコンビニから、その商品陳列棚の中身まで、
いろいろあるよ、何でもあるよ、っていうのはひとつの理想かもしれないけど。
(でも、自分にドンピシャ、はそうそうないんだよ)

そんな状況に最近、ちょっと疲れてきた気がしている。