みんながwinのビジネス環境なんて、幻想じゃないか?

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ワタミ訴訟が和解 渡邉美樹氏「もっとも重い責任は、私にある」

もしかしたら、逆の結果が出ていたかもしれない、“風向き”によっては。と、思いながらこのニュースを見た。 

いま、“アベノミクス”とやらで企業経営はひと息ついているみたいだけど。
また、学生の就職は売り手市場にガラッと様相が変わっているけど。

 この事件が起きた当時のような円高デフレと就職難が今も続いていたら、渡邊社長が和民で行っていたようなブラックな経営手法は、もしかしたら肯定的に取られていたかもしれない。
そうしたら、これほどの和解金や、「責任は私にある」なんてことばが社長自身から出てきただろうか。 

「狂気と正気の境界線はどこか?」と、以前、精神科の医師と話をしていて聞かれたことがある。

「わからない」というのが、僕の答え。 

だって、世の中の価値なんて、ころころ変わる。狂気の人が社会に増えれば、それは社会の共通認識になる。正義になってしまうことだってある。第二次世界大戦のときの日本のように。ドイツのヒトラーの社会のように。 

狂気や正義は、決して絶対じゃない。その時代における社会の価値のひとつでしかない。
だからといって、渡辺氏のブラックな経営手法を認めるわけでは決してない。 

今回の場合、労働者から不当な搾取を行うことで見えない「利潤」を確保し、さらに客からも対価をもらう。
そのようなブラックな収益構造が、渡辺氏というかワタミのビジネスモデルだったわけで、それがこの裁判で明らかになったともいえよう。 

とはいえ。 

客にはより安く、より速く、より快適に。
従業員には自分らしく、最適なワークライフバランスで、しかも満足の報酬を。
株主にはより多くの配当を。 

そんなビジネスって、実現できるのだろうか。どことなく、ウソくさいと僕は思ってしまう。